薄井ゆうじ『くじらの降る森』
世の中に消化されたくないと思うすべての人に。
薄井ゆうじを知るきっかけは短編「飼育する少年」だった。
小説的なレベルの高さというか、メッセージ性や迫力があるのは『樹の上の草魚』と思う。
読みやすくストレスフリーに楽しめるのは『天使猫のいる部屋』や『竜宮の乙姫の元結いの切りはずし』だし、掌編集『北陸幻夢譚』も面白いし、短編なら「透明な方舟」「無人駅長」「トンボロ」と沢山ある。
でも『くじらの降る森』が1番いい作品かもしれないと、ふとした時思うのだ。
単行本での294ページが好きだ。「席を立つなら、いまだ」からのところ。
引用しようと思ったけど、こうして本の一部として輝きを放っているものを勝手に切り出してくるのは良くない気がした。
魂が込められているとはっきり分かるこのような本には、読む側も敬意を表さねばならない。
この小説には、薄井ゆうじの実父が登場人物に姿を変えて出てくる。
単行本の表紙は娘が描いたとあとがきにある。
家族や脈々と繋がるものを大切にしながら、それでいて聞き分けがなく自立しているその姿勢は、昔ながらの「父性」のようなものだろうか。
読み始めは文章のリズムがいまいち悪いような気がして、あまり入っていけなかった。
登場人物の心理も不可解だった。
しかし中盤のある場面で、その不可解さが一気にリアリティを持ちはじめる。
「そういうことか」と、薄井ゆうじの魔法にかけられるような、そこにある世界を受け入れるような感覚なのだ。
この小説の良さは説明しきれない。
厭世的な私はこのようなもの(理由が説明付けられないもの)にばかり魅力を感じるし、生きていく上でなるべく多くのそれらに触れたいと思うのだ。