最近読んだ本・10月2週
目次
・遠野遥『改良』
・チェーホフ『六号室』
・横光利一『蠅』
・panpanya『足摺り水族館』
・遠野遥『改良』
面白いけど、芥川賞を取る『破局』までの1年間でかなり上手くなったんだなと思った。最近の小説はどれも数ページで読みたくなくなるものばかりで、そんな中遠野遥は読める。文章が読みやすい点も大きいが、内容とか文体的にも私目線で、近年稀に見るクオリティではないかと思った。デビュー作ですべてを出し尽くしてしまう作家が多い中で、この人はまだまだ書き続けられそうだなと思う点も、いいと思う。芥川賞の選評を見るとかなり絶賛されていたよう。
反復を使って、縦(時間)と横(空間)に「構造」が作られている。縦には、序盤での性器を舐めさせられる場面が伏線のようになって、最後の場面にも出てくる。また中盤では性器を舐めてもらう立場だった主人公が、今度は舐める側に回るという構造。横には、主人公が鏡を割ってガタンと音を立てるが、上の階の住民も同じような音を立てる。主人公が女装をしているが、トイレに座る男は座って用を足し、性器の先をトントンと紙で拭く。つまり同じ時刻上にも、似たような「構造」が存在している。
しかしやっぱ、一年後に書かれた『破局』の方が、何か読後に残す印象が大きかった。それは細かなディテールや多くの技巧に裏打ちされているのだろう。
一人称視点の『第七官界彷徨』において、主人公以外の心情をその人たちに「独語」させることで描いた、というのが印象的。
執筆前には場面をあらかじめ想定して構図を作り、元々それは終わりの場面が始まりの場面に還って輪を描くようになっていたという。その案は無くなったものの、尾崎翠はその当初の構図に未練があり、機会があればその構図で書き直してみたいと述べている。それがどのような場面であったか、再読する際は想像してみたいと思う。その当初の構図での書き直しは結局為されなかったようだが、その版も読んでみたかったものだ。
読書の感想や分析を書くにあたって、それと自分で小説を書くための勉強の意識から、図式的に小説を読む傾向が最近はあるかもしれない。良くも悪くも「慣れ」というか。このブログ最初の記事『飼育する少年』は、論理的にわかりやすい説明にはなっていないものの、自分なりに熟読して感じたままに書いたという感じがして、良いなと思う。尾崎翠の小説には、図式的な説明を抜きにした、説明しにくいが私自身の個性に深く共鳴する、魅力を感じる。そもそもが「この小説はコレを描いたものです」とか「この登場人物の心情はコレです」みたいな読み方が好きじゃない。やはり学校の先生は向いていないかもしれない。
・チェーホフ『六号室』
恵まれた立場から、口先だけで机上の空論を述べるのは幾らでも出来るけれど、実際に恵まれない立場になってしまえば、日々の生活が精一杯で、空疎な議論など無意味になってしまう、というメッセージを一番強く感じた。医者をやっている主人公が、不潔で退屈な特別病棟に閉じ込められている患者に、苦痛なんて無いと思えば無いのだ、精神を高めれば苦痛など何でも無くなると説教する。私がそのような立場になっても苦痛は訴えないかもしれないぞと。でも実際に彼はその特別病棟に入れられる立場になり(これもまた、する側がされる側になるという物語の典型である)、苦痛からすぐに泣き叫ぶ。
このメッセージは当時のロシアの情勢に関係があるかも。(西欧近代化の波がある一方で封建的な体制が残っており、まさに分かりやすく虐げられる人々が大勢いる中で机上の空論を並べたてる偉いさんが居たのでは、と簡単に想像した)。
家族や地元の友達に、共通した何かを感じる。それを何故、中学生以降の知り合いには感じないのか。私にはわからない、ある種の人々が感じる「侘しさ」がある気がしてきている。私は幾らか、外の世界を包み込んで支配するような内の世界を持っている人間だ。そうではなく、しかも外の世界にも自分に合った「落ち着き所」を持たない人たち。ただ恐れ慄きながら、訳も分からず目先のことに対峙させられて、生きてきている。私には私なりの「侘しさ」がある。でも別種の「侘しさ」の存在が、頭を掠めている。
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』を今読んでいるが、主人公の母親が、「凡庸な人間の侘しさ」みたいなものを体現して非常に上手く描かれているように思う。
・横光利一『蠅』
『ちくま小説入門』を少しずつ読み進めている中の一つ。特に面白かった。設問が良く、新感覚派たる横光利一の短編に編み込まれた技巧の幾つかを知り、この小説の広がりを感じることが出来た。
横光利一はそこそこ好きである。余談だが梶井基次郎『冬の蠅』も結構好きで、ハエの小説が好きなのかもしれない。
・panpanya『足摺り水族館』
自分の世界観を大切にして作られた漫画短編集だった。近年稀に見る丁寧な作りではある。
1巻を読んだ。気が向いたら読み進める。